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Alabama Moon 風の少年ムーン

アメリカ映画 (2009)

ワット・キー〔Watt Key〕のデビュー作(2006)の映画化。原作のストーリーにほぼ従いつつ、判りにくい(回りくどい)箇所は簡略化した作品。“野生の少年” という題材はそれなりにあるが、2歳の時から、父親と2人だけで森の中で隠れ住んできたという設定は、初めて〔以前紹介した『Storm Boy』も、世間から隔絶された父との2人暮らしだったが、もう少し文明的だった〕。だから、主人公のムーンは、読み書きはできるが、不潔さは野生児なみという変わった組み合わせ。もう一方の準主役が、白血病で入退院をくり返してきた薄幸のキット。この2人が、児童保護施設で出会い、一緒に脱走して森の中で暮らす。ムーンにとっては、死んだ父とキットが替っただけの住み慣れた生活。キットにとっては、これまで味わったことのない開放的な楽しい生活。しかし、その代償は大きく、キットは白血病を再発し、入院し、最後には死んでしまう。しかし、6週間の楽しい生活は、キットにとって短い一生で最高の思い出となった。映画には、あと1人、重要な登場人物がいる。中学も満足に卒業できなかったくせに、父親が郡の判事なので巡査を15年もやっている “鼻つまみ者” のサンダースだ。サンダースとムーンは、出遭った最初から相性が悪く、それをサンダースが誇大に吹聴したことから、「悪ガキ」として児童保護施設に収容される。そこを脱走してからも、執拗につきまとい、捜索犬がいなくなると「食べられた」、拳銃を奪われると「撃たれた」と嘘をつき、殺人未遂で手配する。それを救おうとするのが、一時は引退した弁護士。キットとサンダースのどちらが欠けても、この映画は成り立たない。少年映画という観点からは、主役はムーンを演じるジミー・ベネットだが、キットを演じるユライア・シェルトンの多彩な表情が大きな魅力となっている。

1980年の秋。アラバマ州の中でも西隣のミシシッピ州に近い山の中で、11歳のムーンが、一緒に暮らしてきた父を埋葬している。それは、最近になり、2人の隠れ家(シェルター)のあった広大な森が個人の所有となり、ロッジが建てられたことに動揺した父が、誤って足を滑らせて骨折、最後は敗血症になって死亡したため。ムーンは、ロッジの所有者の弁護士に発見され、それが契機となってサンダースという手荒な巡査に捕まり、児童保護施設に連れて行かれる。ムーンを見たキット少年は 自ら進んでムーンの友達になる。ムーンは、車の運転できる年上のハルを誘って施設を脱走すると、3人で森の生活を始める。サンダースは捜索犬を連れて追跡するが、途中で犬に逃げられ、犬はハルのものとなる。ところが、ハルは森の生活に馴染めず、すぐに逃げ出してしまう。ムーンはキットと2人で森の生活をエンジョイする。そこに、再びサンダースが現われるが、ムーンは拳銃を奪って池に捨てると、追って来たサンダースをイノシシの罠に落とし、毒オークでかぶれさせる。逃げ帰ったサンダースは、ムーンに拳銃で撃たれ、犬は食べられたと、衝撃的な嘘でマスコミを煽り、殺人未遂で告発する。ムーンとキットの楽しい日々は、キットの白血病の3度目の発症で終わりを告げる。キットの容態を案じたムーンは、担架を8キロ引きずって道路まで出ると、停まってくれた車にキットを託す。そのニュースはすぐに広まり、父と内緒で暮らしていたハルがムーンを迎えにきて、数日3人で一緒に暮らす。しかし、ムーンがキットに会いたくて病院に行くと、待ち受けていたサンダースに捕まってしまう。サンダースは、ムーンに父親の埋葬場所に案内させようと、弁護士のロッジに無断侵入し、ムーンは弁護士に保護される。弁護士は、ムーンから話を聞き、サンダースの父親が判事をしていない郡で、ムーンに対する殺人未遂の告発に対する弁護人となる。そして、サンダースを虚言と賄賂の罪で刑務所送りにすることに成功する。さらに、ムーンの叔父からの連絡を受け、養子縁組の手続きも同時に済ませる。映画は、ムーンが新しい家庭のもとで幸せになることを予感させつつ終わる。

主役のムーンを演じるジミー・ベネット(Jimmy Bennett)は1996.2.9生まれ。子役からスタートし、現在でもTVに出演し、映画でも時折重要な脇役を演じる息の長い俳優だ。子役時代に出演した映画のほとんどは、日本でも公開されている。時代順に並べると、『サラ、いつわりの祈り』(2004)、『ホステージ』『悪魔の棲む家』(2005)、『ファイヤーウォール』『ポセイドン』(2006)、『スター・トレック』『エスター』『ショーツ/魔法の石大作戦』(2009)。未公開なのは、少年時代最後の この映画だけ。あるところに、「shot largely in the New Orleans area in late 2008」と書いてあったので、撮影時は12歳だったことが分かる。原作の10歳とは少し違い大人びている。ジミーは、特に好きな子役ではないので、日本未公開のものを取り寄せてまで観てはいない。この映画を入手することにしたのは、映画の中間部にだけ顔を見せるユライア・シェルトン(Uriah Shelton)を観たかったから。キット役のユライア・シェルトンは1997.3.10生まれ。ジミー・ベネットより1歳小さいだけだが、華奢で小柄な体格と、ひょうきんな表情から、2歳以上年下に見える。なぜユライア・シェルトンかと言えば、この映画の購入の1年前に買っていた『Lifted(歌に心を)』(2010)の演技が、とても気に入っていたから。そこでは、12歳の、多感で優しく、歌が抜群に巧い少年を演じている(サントラも出ている)。ユライアは、12歳になっても、この映画のジミー(12歳)より、ずっとあどけない。役柄ではなく個性だろう。ユライアも、現役の俳優だが、TVに特化している。子役時代には映画の出演も多いが、端役を除けば、『The Nanny Express(ナニーをどんどんクビに)』(2008)、この映画、『Lifted(歌に心を)』の3本しかない。


あらすじ

映画の冒頭、少年が木で作った手押し車に何かを積んで森の中を運んでいる(1枚目の写真、矢印は手押し車)。そして、シャベルを取り出すと地面を掘り始める。「父ちゃんは死ぬ前、おいらが 誰にも会わないようにしてれば、面倒に巻き込まれないだろうって、言ってた。おいらは、父ちゃんが母ちゃんの墓を作ったように、父ちゃんのも作った。母ちゃんの顔は、父ちゃんが持ってた1枚の写真でしか覚えてないけど、夜にベッドの中で、反対側から暖めてくれたのは覚えてる」。独白がここまで来た頃には、穴の深さは1メートルを超えている(2枚目の写真、矢印は母の墓石)。「父ちゃんの話じゃ、人間は死んでも、一部が煙みたいに残ってるから、手紙を書いて燃やせば、話ができるんだって」。少年の名はムーン。墓穴を掘り終えると、用意してきた丸く平たい石を穴のすぐ上に置く。横には、同じような石に、「アン、1972」と彫ってある。「母ちゃんは、今は黄色の小鳥になってるそうだけど、いかにもありそうだ」。ムーンは、布で包んだ父の死体を穴の中に落す。すごく力の要る作業だ。「おいらは11歳。父ちゃんは、森で生きていくすべのすべてを教えたって、言ってた〔原作では10歳〕。ムーンは穴を埋める。「戦うことがあったら、おいらの3倍の奴までなら のしてやれるだろうって。けど、政府とかいうトコは、いつも おいらたちをつけ回してるから、いざ争いになったら、正しいことのためなら死ぬ気で戦えって」。ムーンは、石の上に釘で、「父ちゃん 1980」と引っかく。これが、映画の舞台となる年だ〔ベトナム戦争は1955-75年〕。ムーンは、墓石の前に立って父にお別れをする(3枚目の写真)。原作よりも、着ている服は立派。実際は、もっと原始的な服だと思う〔森の中の穴に隠れて自活しているだけなので、子供服など買うお金はない〕。工事が始まって半年、「泳ぎに行くのを禁じられ」「どんぐりを煮詰め作ったタンニンを体じゅうに塗りたくってダニや蚊を防いだ」とあるので、すさまじく汚い体だ。
  

映画は、一瞬過去に戻り、ムーンの最後の思い出の幾つかを紹介する。2人は森の中に小さな畑を作り、そこで野菜を作っている。食べるためでもあるが、アブロスコットの店に売りに行って、わずかな現金を得るためでもある。すると、今まで聞いたことのない爆発音が聞こえる。「何だろ、父ちゃん?」。2人は音のした方に歩いて行く。すると、そこではブルドーザーが木をなぎ倒している。「何してるの?」(1枚目の写真)。「道路を造ってる」。「何で?」。2人は一旦シェルターに戻る。“シェルター” について、原作では、「半地下になった小さなひと部屋で、天井がとても低い」「屋根は土で覆われていて、灌木が茂ってる」と書かれている。映画では、2枚目の写真がシェルターの入口だ。矢印は黒いゴム・シート。シートを閉めれば、そこに住処があるなどとは分からないようにしてある。中に入ったムーンは、「あいつら、誰なの?」と尋ねる。「知らん」「水筒に水を入れろ。町に行く」。「野菜も持ってく?」。「そんな時間はない。言われた通りにしろ」。ムーンは、シェルター内のバケツから水筒に水を入れる。シェルターからアブロスコットの店までは、原作によれば9.5キロ。シェルターが見つかるといけないので、踏み跡すらない。店に入ると、父は店主のところに直行し、ムーンはお菓子の棚の前に行く(3枚目の写真)。店主は、父の質問に対し、「こんなこと言いたくないんだが、バーミンハムの弁護士が、製紙会社から広い土地を買った〔バーミンハムは地元での発音/アラバマ州で最大の都市圏/ユライアの『Lifted』でコンテストが開催されるのもバーミンハム〕。12000エーカーだ〔48.5平方キロ/八丈島で70平方キロ/市の面積では、明石市・狭山市などと同クラス〕〔日本でも、広大な森林を所有する民間企業のベスト1と2は製紙会社で、王子製紙が1900平方キロ、日本製紙が900平方キロ〕。でっかい狩猟用のロッジを建ててる」。父は、それを聞くと、さっさと店を出て行く。「その日から、何もかも変わっちゃった。父ちゃんの顔を見ても、何考えるのかぜんぜん分かんない。おいらがいることすら、気付いてないようだった」。
  

それでも、生きていかねばならない。父が罠で捕らえた魚をムーンに渡すシーン(1枚目の写真、矢印は魚)は、こうした “生存の手段” を、ムーンも熟知していることを示している。「ブルドーザーの音がしなくなってから数週間、今度はハンマーの音が聞こえるようになり、父ちゃんはますます神経質になった」。次のシーンは、アブロスコットの店。「父ちゃんは、秋になって野菜が熟れたので、アブロスコットの店に売りに行った。これが、生きている父ちゃんの最後の訪問になった」。原作によれば、もらったお金はわずか20ドル。年に数回しか採れない野菜の販売額としては厳しい。以前は、毛皮を売っていたが、値段が暴落して売れなくなったとも書かれている。最後のシーンは、シェルターの中でムーンが声をあげて本を読んでいる(2枚目の写真、矢印は本)〔声をあげるのは、正しく読めているか、父がチェックするため〕。父は、「声は出さなくていい、もう大きいんだ」と止めさせる。小学生にしては難しい本なので、ムーンは、原始的な生活をさせられてはいるが、読み書きだけは「ホームスクーリング」が しっかりできている〔算数は、父が苦手なので、全くダメ〕
 

ある日、渓流に行った父は、丸太の上に乗り、罠を引き寄せている時、建設現場からの音に気を取られ、丸太の上で滑ってしまう。運の悪いことに、足の先が、丸太に挟まり抜けなくなる(1枚目の写真、矢印は父の足)。ムーンは材木を押したり引いたりして挟まっていた足を抜くと、映画では省略されているが、父を手押し車に載せてシェルターまで運び、その後、父は自力で這ってシェリターの中に入ったと書かれている。父の脚の骨は折れて突き出している。何とか布でぐるぐる巻きに縛るが、それ以上のことはできない。父は、「俺たちが、なぜ、ここに住んでるか言ってみろ」と、ムーンに言わせる。「父ちゃんは、誰にも何も求めないから。おいらたちには、誰も何もくれないし」。「続けろ」。「おいらたちは、誰にも何の借りもない」。「借りがあると思ってる奴は どいつだ?」。「政府」。「俺は、良くならん」。「おいらたち、どうなるの?」。「俺は、もうダメだ」。「死んじゃうの? いつ? 今夜?」。「そんなに早くはないが、脚が感染しちまったからな」。「どうすりゃいいの?」。「ここの土地は製紙会社が持ってて、広すぎたから放っておいてくれた。だが、新しい所有者は、お前を見つけたら 法に従うだろう。だから、ここを離れて、俺たちみたいな連中を捜すんだ。モンタナ、コロラド、ワイオミングみたいなトコにもいるが、アラスカが一番いい」。さらに、「お前ならやれる。もう、誰にも頼ることはできん。俺が教えたことを思い出せ。誰も信用するな。寂しくなったら、煙の手紙を書けばいい」。「煙で どうやって返事をもらうの?」(2枚目の写真)。「母さんの写真を燃やして、頭から追い出ちまえ。しばらくは寂しいだろうが、じき収まるだろう」。これでは答えになっていない。ムーンが質問をくり返しても、「言われた通りにしろ」としか言わない。ムーンをこんな環境に置いたこと自体無責任だが、最後の指示も無責任だ。数日後、父は死ぬ。「父ちゃんを埋めたら、急に寂しくなり、お腹がぎゅっとなって、吐きそうになった。そんなに早く『収まる』とは、とても思えなかった」。ムーンは、その夜、父に手紙を書く。「父ちゃん。おいら、あしたアラスカに向けて出かけるよ。返事、すぐにくれるよね」。そして、それを薪ストーブで燃やす(3枚目の写真)。
  

夜、何かの物音で目が覚めたムーンは、それが父からのサインではないかと、シェルターから飛び出す。そして、「父ちゃん!」と叫びながら、真っ暗な森の中を彷徨う。走っていると、林が開けたところに大きなロッジが建っているところまで来る。ムーンは、そこで寝てしまう。朝になり、ロッジの所有者のウェリントン弁護士が、木の下で寝ているムーンに気付いて近寄る。そして、手に持っていた枯れ枝を(1枚目の写真)、ポキッと折り、その音でムーンが目を覚ます。ハッとして飛び起きたムーンに、弁護士は、「まあ落ち着け。大丈夫。君を傷つけはしない。君は、店の主人が話してた子だろ? お父さんはどこだい?」と声をかける。「埋めた。死んだから」。「いつだね?」。「きのう。ここに来るべきじゃなかった」(2枚目の写真)。「じゃあ、どこに行く気かな?」。「法律から逃げるんだ」。弁護士は、「食べ物はどうだい? 今、そこのカウンターで甘いパンを食べてたんだ。ここにいなさい、すぐ戻るから」と懐柔。食べ物と聞き、ムーンは逃げずに待っている。弁護士が、菓子パンを手渡すと、甘いものなど滅多に食べたことがないので、かぶりつく。その時、パトカーがやってくる〔タイミングが早すぎる〕。目の前に停車したパトカーを、唖然と見ているムーンに、弁護士は、「助けてあげよう」と言うが(3枚目の写真)。ムーンは素早く逃げ出す。「父ちゃんは正しかった。法律はおいらを追いかけてくる。アラスカに行かないと」。この部分は原作と大きく違っている。原作では、①ムーンは、売れそうなものが入っているらしい箱をアブロスコットの店に行き、父の死について話す。②翌朝、映画と同じようにロッジの前で弁護士に起こされるが、彼が呼んだのはパトカーではなく少年養護施設のジーン所長。③ムーンは車に酔って車内で吐き、外に出された時に逃げる。
  

ムーンは、役立ちそうなものを全て手押し車に載せてシェルターを出る(1枚目の写真、矢印はライフル)。原作によれば、ライフルの他、銃弾、罠数個、毛皮数枚、アライグマの乾燥肉、着替え、箱、ロープ、鍋、手斧とある。ムーンが被っているのは、映画では布製のキャップだが、原作では手製の鹿革の帽子。「一番近い舗装道路までは直線距離で5キロ近くある。でも、起伏が激しいし、沼地もいっぱいあって、半日はかかる」という難行を経て、ムーンは道路まで到達する。しかし、問題はその先にある橋。一旦渡り始めると逃げ場がない。ムーンが渡り始めてしばらくすると、後ろからパトカーが近付いて来る(2枚目の写真)。ムーンは速度を上げるが、途中であきらめる。パトカーから降りた警官は、「どこに行く気だ?」と質問する。「父さんを どこに埋めた? 手続きなしに埋めちゃいかんのだぞ」。ムーンがライフルに目をやると、「やめとけ、ためにならんぞ」と警告する。ムーンは、「誰にも、何もしてないぞ!」と抗議する。警官は、「俺に向かって生意気言うな。殴られんうちに、とっとと車に乗れ」と乱暴に肩をつかむ。ムーンは必死に抵抗する(3枚目の写真)。しかし、そのまま後部座席に放り込まれる。警官は、手押し車からライフル2丁と箱だけ取り出すと、トランクに入れ、後は、手押し車ごと谷に捨てる〔原作によれば、かなりの品が入っている。個人の持ち物を勝手に廃棄する権限はないはず〕。パトカーの中で、ムーンは、「どこに行くんだ?」と訊く(4枚目の写真)。「おいらのもの、いつ返す?」。「都合がついたらな」。この部分、原作を読んでから観るとがっかりする。ムーンがこんなにおとなしく、サンダース巡査がこんなに憎たらしくないなんて! ①ムーンは、まず、宙に飛んで崖に落ち、逃げようとする。そして、ムーンを捕まえようとするサンダースの顔を、思いきり殴る。②ムーンは、サンダースに羽交い絞めにされ痛さで気を失いかける。しかし、サンダースが、後部ドアを開けようと力を弱めると、ムーンは乳首に噛み付く。③パトカーに放り込まれるのは同じだが、サンダースは手押し車の中味は全てトランクに入れ、手押し車のみ捨てる。最初の独白で、「戦うことがあったら、おいらの3倍の奴までなら のしてやれるだろうって」と言っているのに、映画では、あっさりと捕まりすぎ。
   

ムーンは、ピンソン・ボーイズホーム(少年養護施設)に連れて行かれる。この「少年養護施設」なるものが、原作を読んでも映画を観ても全く理解できない。なぜ、入口に厳重なロックがかかっているのか? 施設の周囲も高い塀で囲まれ 有刺鉄線まで使われているし、「ピンソンから脱走した奴なんていない」という表現まで出てくる。これでは少年院と同じだ。白血病にかかっている純真なキット少年もいるので、未成年犯罪者のための施設では絶対ない。これが、アメリカの少年養護施設の正しいあり方なのだろうか? それとも、小説家が勝手に描いたものを映画が追随したに過ぎないのだろうか? ムーンが運動場との間のフェンス通路を連行されていくと、収容されている子供たちが集まってくる。中には、ムーンが臭いので鼻をつまんでいる子もいる(1枚目の写真、矢印)。列の最後にいたキットが、「信じられないや、ホンモノだ」と隣の子に話しかけている。弁護士が警察に電話した時点で、野生児が発見されたとのニュースがTVで流れたのであろう。ムーンは、所長のジーンの部屋に連れて行かれる。サンダースは、「俺が手を離す前に拘束具を付けた方がいい」と言い(2枚目の写真)、「逃げようがありませんよ」と所長に言われると、「いいかね、このガキはケダモノだ。縛り上げておかないと、野良猫みたいに飛びかかってくる」と付け加える。この2つの台詞は原作と同じだが、映画では、ほとんど暴れることなく捕まっているので、オーバーすぎてしっくり来ない。この後、ムーンは、警備員のカーターに連れられて大部屋に行く。「二段ベッドの部屋には16人いる。友達ができるぞ」。「友だちができるほど長く、ここにはいないよ。こんなトコ、すぐに追ん出てやるから」。カーターは、制服一式を渡す。もらったムーンが、パンツを見て、「これ、何なの?」と訊くので、今まで一度もパンツをはいたことがないことが分かる。次に行った場所がシャワー室。石鹸とタワシが置いてあるので、これでムーンの積年の垢、泥、汚物などがきれいになる(3枚目の写真、矢印はパンツ)。原作では、サンダースは、ムーンを警察署に連れて行き、留置場で一泊させる〔ムーンの面倒は、他の警官に任せるが、サンダースがいなくなった後、彼が同僚から如何に嫌われているかが よく分かる〕。その前に、警察のシャワーできれいにさせる。その時のシャワーは温水だったが、養護施設のシャワーは冷水だったとある。
  

シャワーを終えたムーンは、二段ベッドの部屋に連れて行かれる。「君のベッドは14番だ。他の子は、授業が終わり次第戻ってくる。片付けが終わったら夕食だ」(1枚目の写真)「食堂は、みんなに付いてけばいい。いいな?」。そう説明すると、カーターは出て行く。ムーンが14番のベッドに座ってずっと待っていると、子供たちが一斉にトレーラーハウスから出てくる。部屋に先頭で入って来たのは、ひと際背の高い少年ハル。ボス的存在だ。「お前が、ニュースをにぎわせてる奴か?」。「そんなこと、知らないよ」。「お巡りと争ったとか」。「連れて行かれたくなかった」。「強そうには見えんな」。「君なんか一発さ」。一斉に、「勝負! 勝負!」の掛け声。ハルがムーンを殴ろうとすると、ムーンが急所を突く。ハルが倒れ込んだ時、カーターが入ってきて、全員がベッドに行かされる。カーター:「彼に何をした?」。ムーン:「思い切りタマを殴った」。カーターは、ハルに、「君が、挑発したんじゃないよな? やっぱりな。トラブルメーカーぶりにはウンザリだ。今夜は、夕食抜き。外で寝ろ。残りのみんなは、自分のことを済ませたら、あと10分で夕食のベルだ」(2枚目の写真、矢印はうずくまるハル)。原作では、掛け声はない。ハルが、怒ってつかみかかり、それから2人のケンカが始まる。ムーンが優勢の時にカーターが入って来る。映画では、ハルが始めたケンカでもないのに、一方的に悪者扱いされて、不憫な気がする。実は、ハルは翌日、今度は本気でムーンに向かっていき、その時、ムーンは映画と同じようにハルを悶絶させる。そして、ハルには2回目の「外寝」が申し渡される。
 

食堂でムーンが食事をむさぼるように食べていると、小さな少年がテーブルの前に来て、「座っていい?」と尋ねる(1枚目の写真)。ムーンが頷くと少年はいそいそと座る。そして、「僕、キットだよ」と自己紹介。ムーンは「やあ」と言った感じで片手を上げるが、食べるのに忙しい。キットは、食事に手をつけず、「で… 一日目の感想は?」と訊く。ムーンは笑っただけ。そこに、賄いのおばさんが、キット用の薬を紙コップに入れて持って来る。中には5種類以上の薬が入っている(3枚目の写真、矢印)。ムーンは、「それ、何だ?」と訊く。「僕の錠剤」。「いいことあるの?」。「ううん、薬なんだ。一生、飲み続けなくちゃいけない」。原作と大きく違っているのは、キットの髪。「その子の頭にあるのは、産毛(うぶげ)だけだった」。白血病の薬物療法で毛が抜け、改めて生えてきたのだろう。
  

ベッドの上で、パジャマに着替えないムーンを見て、キットは、「それ、着たまま寝るつもり?」と訊く。「それがどうした?」。「規則なんだ。制服は、ロッカーにしまう。ベッドと同じ14番だよ」。ムーンは、肩をすくめると、毛布と枕を持って立ち上がる。「どこに行くの?」。「外」。「なぜ?」。「寝るんだ」。「ダメだよ、ハルがいる。殺されちゃう」。それでも、ムーンは外に出ていく。ムーンは、木の根元に座っているハル目がけて走って行く。「何しに来たんだ?」。「外が好きなんだ。おいらのベッドで寝て来いよ」。「頭が変なのか?」。「いいや、外で寝たいだけ」。「カーターさんに捕まったら、怒鳴られる。お前もだぞ」。「毛布をひっかぶってりゃ、分かるもんか」(1枚目の写真)。「そうするよ」。ムーンは、根元に枕を置くと、芝生の上に直接横になり、毛布をかぶって横になる(2枚目の写真)。原作では、ベッドで、キットといろいろと話をする。キットの出番を増やすため、入れて欲しかった。翌朝、早く起きたムーンは、脱走の方法を探る。フェンスは高く、上部に有刺鉄線が筒のように巻かれているので、登って越えることは不可能。フェンスの下を掘ってみようと落ち葉をのけると、下はコンクリートだった。ムーンは、フェンスに隣接した小屋に目を留める(3枚目の写真、矢印は落ち葉を掻き分けた跡)。これなら、上手く行きそうだ。原作では、そのあと、ムーンはベッドに戻り、まだ寝ていたハルを起こし、外に行くよう指示する。
  

朝食でも、ムーンの猛烈な食欲は変わらない。一緒のテーブルに座ったキットが、「ねえ、もっとゆっくり。でないとお腹ここわしちゃうよ」と心配する(1枚目の写真)。「好きなだけ食べれたことなんてないからな」。その時、朝食のトレイを受け取ったハルが2人の方を見るが、怒った顔ではない。キットは、「ハルは、君のこと、もう怒ってないみたいだね」と言う。ムーンは肩をすくめる。「彼、もうすぐ14なんだ。14になると、ヘレン・ワイラーってトコの施設に行かされるんだ。全員じゃないけど、ハルみたいだと」。さらに、「ここなら、友達たくさんできるよ」と付け加える。「友だちなんかいないぞ」。「僕、もう友達だよ」(2・3枚目の写真)。原作には、該当する部分はない。映画では、この後に、所長の娘の話題になるが、原作にはなく、映画でも存在は希薄で、「キスさせる女の子を登場させよう」という、製作陣の平凡でお粗末な発想によるもの。
  

朝食が済むと、ムーンは所長の部屋に呼ばれる。机の上には、ムーンの箱が置かれている。「それ、おいらのだ。返してよ」。「安全な所に保管しておく」。「おいらの帽子は?」。所長は、箱から汚い帽子をつまみ出す。「これのことか?」。ムーンが取ろうとすると、「これは、制服の一部じゃない」と返却を拒否され、代わりに教科書を渡される。「ここから逃げ出そう考えてるそうだな。だから、ピンソンについて話しとこう。これまで、ここから脱走した者は一人もおらん」(1枚目の写真)「さらにだ、君は、州の管理下に置かれ、18になるまでどこにも行けん。もし、誰かが望めば、君は、その人物の保護下に移管される。分かったか? 君が、おとなしくしてれば、快適に過せる。だが、脱走について他言すれば、ただではおかんからな」。「誰にも言わないよ」。所長は満足し、賄いのおばさんに髪を切ってもらうよう命じる。厨房に行ったムーンは、「短くしないで」と頼む。「おいらと、父ちゃんは、冬は寒くないよう 伸ばしてたんだ」。「ここじゃ、そんな心配要らないわよ」。「ここに長居する気なんかない」。「それはどうかしらね」。散髪を終えた後、おばさんと所長の娘が点検する。「どう?」。「いいわ」(2枚目の写真)。原作の所長は、もう少し優しい。脱走のことも話さない。散髪は同じだが〔もっと短くされる〕、これまでムーンが どうやって髪を切られていたかが書かれている。父がムーンの頭に帽子をぎょっとかぶせ、はみ出た毛をロウソクの火で燃やしていたのだ。
 

ムーンが、散髪を終えて外に出ると、キットが待っていた。「ねえ、ジーン〔所長〕さんに叱られた?」。「本を何冊かくれただけ」。「それ、月曜から授業で使うんだ」。「使わない。今夜、柵を越えて逃げるんだ。来たいか?」。「柵なんて、越えられっこないよ」。「できるさ。やり方、分かったんだ。後は、春になるまでどこか森の中で隠れてて、そのあとアラスカに向かう」。「僕たちだけでやるの?」。「ハルくらい大きくて、運転できる奴が要るな」(1枚目の写真)。ムーンは、大きな仲間3人と話しているハルの所に行き、「話がある。2人だけで」と言う。2人だけになると、「運転できる?」と訊く。「モチ」。「おいらは、今夜逃げる。運転できる奴が要るんだ」。「お前、やっぱり頭が変だ。ここからは、出られん」。「出られるし、頭も変じゃない」。そこに、キットが寄って来る。ハル:「何の用だ?」。「僕も一緒に行くんだ」。「冗談だろ? 薬なしじゃ、1日だってもたんじゃないか」。「僕のこと、何も知らないくせに! ムーンは、森の中で見つけたもので薬が作れるんだ」(2枚目の写真)。ムーンは、過大な期待に心配し、「ホントに薬が要るんか?」と尋ねる。「もう要らないさ。どっちみち、何もできないんだし」。ハルは了承する。原作では、ムーンがキットに逃げる話をすると、「来たいか?」と訊かれる前に、「僕も一緒に行っていい?」と訊き、柵云々など言わない。ムーンも、「うん、だいたいキットなしじゃ、うまくいかないと思う」と言う。「僕が?」。「うん、ここから出してくれるのはキットなんだ」。ハルに声をかけた時も、「どうやって脱出するんだ」と訊かれ、「キットが出してくれる」と、一番にキットの名を出す。
 

夜になると、2人は、その日の朝、ムーンが見ていた場所に連れて行かれる。ムーンは2人を小屋の屋根に登らせ、自分は、小屋の脇に置いてあった角材2本をハルに渡す。ムーンも屋根に上がると、3人で屋根に貼ってあった波状のトタン板を剥がす。そして、小屋の屋根の端と、鉄条網の間に2本の角材を架け、その上に剥がしたトタン板を置く。ムーン:「いいぞ、キット行け」。キットは軽いので平気で渡って行く。「次は、ハル。後に続いて」(1枚目の写真、矢印はキット)。キットが端に着くと、ムーンは「飛び降りろ」と指示し、キットは飛び降りてガッツポーズ。ハルは、怖くてなかなか降りられない。ムーンに催促され、ようやく飛び降りる。鉄条網の上まで来たムーンに、ハルは、「来いよ、ムーン、行こうぜ」と声をかけるが(2枚目の写真)、ムーンは、「他のみんなは? みんなも来たいんじゃないか? バスを使えばいい」と言って、寝室に戻る。そして、「みんな起きろ! ここから逃げ出すぞ!」と声をかけ、全員をトタン板経由で外に出す。施設の前に駐車してあったスクールバスにエンジンがかかり、子供たちが続々と乗り込むが、カーターは眠っていて気付かない(3枚目の写真)。原作との差は大きい。先ほど、ムーンが、「キットが出してくれる」と言ったのは、文字通りの意味。トタン板は弱いので、小さなキットが乗るのがせいぜい。ムーンは、キットをフェンスの外に出し、厨房に通じる物置のドアを開けさせ、そこから脱出する。だから、寝室の全員も、ドアから外に出る。
  

ハルは、こんな大きな車を運転したことがないので、後ろで騒いでいる子供たちに、「黙れ、バスを揺らすんじゃない!」と怒鳴る。少年A:「どこに行くんだい、ムーン?」。「森さ!」。「どこに住むの?」。「罠付きのでっかいシェルター作って、食い物を獲る。毎日 学校なんか行かなくっていい。捕まえようとして殴られることもない」と言い、歓声が上がる。バスは、タラディーガ国立森林公園に入って行く。それから、かなり走ったのか、一緒に来た子供たちはみんな寝ている。バスは車止めの前で停まる。ムーンは、後ろを振り返り、「みんな起きろ。できるだけ遠くまで来た。周りじゅうが森だ」と呼びかける(1枚目の写真)。しかし、喜び勇んで乗り込んだハズなのに、いざ外に出るとなると、誰も行きたがらない。キットだけは、「一緒に来るよな?」と訊かれ、「もちろんさ」と答える(2枚目の写真)。結局、3人以外は、バスの中で所長達が来るのを待つ方を選ぶ。原作では、いろいろな地名が出てくる。ムーン達が最初に暮らしていた森は、ゲーンズビル(Gainsville)の近くにあった〔少年養護施設の南西70キロ〕。バスは施設のあるタスカルーサ(Tuscaloosa)の南方のタラディーガ(Talladega)国立森林公園オークマルギー(Oakmulgee)分区に入り、ペイン(Payne)湖〔施設の南南東40キロ、ゲーンズビルとは70キロ離れている〕を目指した。一方の施設。所長は電話で平謝り。机の前に座ったサンダースは、机の上に足を載せてふんぞり返っている(3枚目の写真)。電話を終えた所長は、「3人の跡を追って欲しい。私のクビがかかっとる」と頼むが、サンダースは、「ここ数日、スケジュールが詰まっててな」と断る。「すごく大事なことなんだ」。「それだと、職務を調整しないといかん」。「やるべきことを、やってくれよ」。「そっちにも、やるべきことがあるだろ」〔賄賂の請求〕原作には、こうしたやりとりは一切ない。これは、サンダースが賄賂を請求したことが、映画では、重要な意味を持つために挿入されたもの。
  

3人は、森の中を休まずに歩き続ける。体力的に弱いのはキットだが、不満たらたらはハル。「まだ遠いのか?」。「今は休めない。誰にも見つからないトコまで行かないと」。「いつ食うんだ?」。「すぐ」。その時、犬の吠える声が聞こえる。「急げ、犬だ! 走るぞ!」。ムーン達は、臭いで跡をつけられないよう、渓流沿いに走る(1枚目の写真)。一方、サンダースが連れた犬は、彼が勢い余って倒れた時にリードを離したので、そのまま駆け出す(2枚目の写真、矢印はうつ伏せに倒れたサンダースの禿げ頭)。走る犬のスピードは 3人より遥かに速いので、ムーンは途中で逃げるのをあきらめる。そして、2人を茂みの中に隠し、太い枝を持ち 戦おうと待ち構える。犬は、ムーンが「止まれ!」と叫ぶと、言うことを聞いて止まる。ムーンは、枝を地面に置き、「いい奴だな。来いよ」と呼ぶと、犬はムーンを押し倒し、長い舌で顔を舐める。ムーンは、舐められるのが嫌いなので、「止めろ!」「離れろ!」「助けて!」と嫌がる。遠くで見ていたキットは、「ムーンが殺されちゃう」と言い、大声で叫びながら、枝を振りかざして突進する(3枚目の写真、矢印は枝)。しかし、直前で、舐められているだけだと分かると、ニコニコ顔になる(4枚目の写真)。犬を一番気に入ったのはハル。それからは、いつも一緒にいる。原作には、キットが襲い掛かる場面はない。
   

夕方が迫り、ムーンは夜寝る場所を決めると、火を起こす。いわゆる 「まいぎり式」で、紐を巻きつけた枝を、紐を張った「弓」を前後させることで回転させ、その摩擦熱を利用する。火はあっという間に点き、2人を驚かせる(1枚目の写真、矢印は、分かりにくいが炎)。暗くなると、ムーンは、火の点いた枝をキットに持たせて渓流に入り、手製のヤスで泳ぐ魚を突く。ハルは、焚き火の所で待っているだけ。ハルの消極性が見て取れる。キットの方は、ムーンから教わろうと頑張っている。獲れた魚はナマズ。食べた後、キットが、「おいしかった」と言うと、ハルは、「できるうちに楽しんどけ。薬なしで、いつまでもつかな」と、楽しみに水を差す。キットは、「薬なんか要るもんか。今に分からせて…」と反論しかけると、ハルは、「どうやってアラバマに来たんだ?」と話を替える。キット:「ボストンから、モントゴメリー〔アラバマ州の州都〕のおばさんちに移されたんだけど、おばさんが死んじゃって、バーミンハムの病院に逆戻り。セルマってコトに連れてかれた。病院には もうウンザリだ」。ここで、ハルがまた一言。「お前こそ、ホントの州の『管理物件』って奴だな」。ムーンは、「これからは、そんな心配なんかしなくていいんだ」と言うが、ハルは、父親と一緒に住んでいたいと本音を語る。キットは、「僕は、二度と病院に戻りたくないだけ。背中にいっぱい針刺されたり、髪の毛が抜けちゃうなんてイヤなんだ」と話す(2枚目の写真)。原作では、キットの病歴について、①デラウェアのクライトン子供病院にいた、②アラバマにおばさんがいることが分かって移されたが、手続きが住む前に亡くなり、バーミンハムの病院に行くが、待機中に病状が悪化し、そのまま1年間入院(その時、頭髪がなくなった)、③退院後、ジョージ・ジェンキンズ少年養護施設に移されるが、劣悪な環境のせいで半年後にバーミンハムの病院に再入院(1年間)、④退院後にピンソン・ボーイズホーム、と書かれている〔映画では、「バーミンハムの病院に逆戻り」という意味が唐突で不明だった〕。薬を飲むのを止めたら、病気の再発は必至だが、キットにとっては、ムーンと一緒にいる方がずっと幸せに思えたことが、よく分かる。
 

3人は、森の中での初めての夜を、安全な火のそばで眠っている。一方、サンダースは、犬も火もなく、真っ暗な中で、虫に刺されつつ夜を眠れずに過している。翌朝、3人が森の小道を歩いていると、小道を倒木が塞いでいて、その先には穴が掘ってある。キット:「これ何?」。「イノシシの罠だ」。ハル:「近くに誰かいるってことか?」。「いいや、茂り過ぎてる。何年も使われていない。きれいにすれば、おいらたちで使える。イノシシって、すごく美味いんだ」。さらに、「ほら、そこにピューマの足跡がある」と指差す(1枚目の写真)。「おい、冗談だろ。最初はイノシシ、次はピューマかよ」。「あのくらいじゃ、おいらたちを襲わないよ。父ちゃんの話では、ピューマのテリトリーは30平方マイル〔78平方キロ〕だって」。これは、滅多に遭うことはないという意味か〔アラバマ州では現在、ピューマはほとんど絶滅している〕? ムーンは、「ちゃんとしたキャンプを渓流の南側に作ろう。そしたら、アラスカ行きのトレーニングが始められる」と提案する。キャンプと言っても、落ちている太目の枝を2人が集めてきて、ムーンがそれを組み上げるだけの簡単なもの。犬と一緒に戻って来たハルが、片手にわずか2本しか持って来なかったのに対し、キットは、両手で山ほど抱えてきてムーンをびっくりさせる(2枚目の写真、矢印)。ハルの、「やる気のなさ」が良く分かる。彼は、キャンプがイヤでたまらない。その時、雷鳴が響く。激しい雨は、屋根を葺く前に降り出し、3人は毛布を被っていてもびしょ濡れに(3枚目の写真、雷が光った瞬間の映像)。原作では、ピューマとどしゃ降りの雨の間に夕食の場面がある。メニューは、詰め物(どんぐり、ガマの根、アザミの茎)を入れたヘビの網焼き。キットは大喜びで食べるが、ハルは拒絶する。
  

翌朝は晴れ。キットは「まいぎり式」の火起こしに挑戦するが、心棒が折れてしまう。一方、ムーンは木の骨格の上にシュロの葉を重ね、雨が降ってもシェルターの中が濡れないようにしている。完成したので、火起こしに再挑戦しているキットに。「ハルは?」と尋ねる(1枚目の写真、矢印は火起こし器、よく見ると、心棒に紐が巻き付いている→横棒を前後に動かすと、心棒が回転する)。キットは、申し訳なさそうに、「行っちゃった」と答える〔犬も連れて行った〕。「どこに?」。「父さんと一緒に家に住むんだって、言ってた」。「家?」(3枚目の写真)。「出てってから どのくらい?」。返事がないので、ムーンは、立ち上がると、大声で「ハル!!」と呼ぶ。声がむなしく森に響く。原作では、ムーンがハルに追いつくと、「俺、もう我慢できない。濡れネズミで寒いし、腹も減ってる。それに、頭にはダニがたかってる」「父さんに会いたいんだ」と主張を曲げない。ムーンは、ハルが確実に道に出られるよう、森からの「出方」を教える。
  

夕方になり、ムーンとキットは仲良く丸太に頭を置いて横になる。キット:「ハルは、出られたかな?」。「ハルなら大丈夫、追跡犬を連れてるから」。「ハルの父さん、一度見てみたい」。「おいらもだ」。「僕は、何があっても ここにいるよ。ここにいるのが好きなんだ」(1枚目の写真、キットが食べているのは、ホワイトオークのドングリ)。翌日、キットはムーンから罠の作り方を教えてもらう。「これ、『4の字罠』って言うんだ」(2枚目の写真)。この罠は、現地で手軽に作ることのできる小動物用の罠として知られている。3本の加工した枝を「4」の字の形にし、「4」の斜材の上部先端に重いものを立てかける〔ここでは丸太〕。これで、「4」の字は安定する。「4」の水平材の右先端にはエサがついている(矢印)。リスなどがこのエサを食べようと触れると、「4」を構成する3本の木はあっという間に崩れ、リスは丸太の下敷きになる。丸太より、平たい石板の方が より効果的。その日の夕食は、リスの丸焼き。焼けた頃を見計らい、ムーンが肉をちぎってキットに渡す(3枚目の写真)。原作では、ムーンが弓矢で鹿を仕留める。その後、解体に何日もかかり、話し合ったり、キットに教えたりするので、そうした数日間を映画流に表現したのかもしれない。
  

ある日、キットが薪を集めていると、ムーンが飛んで来る。「キット! 奴が来た!」。「誰?」(1枚目の写真)。「サンダースだ。疲れ果てて、助けを求めてたみたいだ」(2枚目の写真)「迷子になったんだと思う」。「どうするつもり?」。「銃を取り上げたら、やっつける」。「ムーン、殺すのはダメだよ。お巡りさんだ」。「殺すもんか。ちょっとぶん殴ってやるだけ。僕は葉っぱを集めてるから、長くて細い棒を探してくれよ」〔この「棒」が 何に使われたのかは不明〕原作では、サンダースの状態を、「くたびれて頭に来て、『誰か来てくれー』って、わめきまわってた。最後に見た時は、崖を落ちてった」と話し、さらに、「迷子になったんだと思う。見つかったら大変だ。めちゃめちゃ腹を立ててるから、何されるか分からない」とも言う。
 

サンダースはヨロヨロ歩きながら、池に近づいて行き、水を飲もうと屈み込む。ムーンは背後からこっそりと近づき(1枚目の写真、矢印は拳銃)、拳銃を奪い取る。サンダースは、撃たれると思い、「ちょっと待て 坊主、怪我する前にそいつを寄こせ」と命じるが(2枚目の写真)、ムーンは 拳銃を池に投げ込んで逃げる。原作では、サンダースの格好はもっと汚い。「制服はあちこち破れて泥だらけ、草のシミも付いている。体じゅう擦り傷だらけ」。そして、彼は、渓流の脇で仰向けになって寝ていた。それを確認したムーンは、罠を用意する。
 

サンダースは、「面倒ばかりかけやがって、このくそガキ!」と叫びながら、後を追いかける。ムーンは、サンダースが引き離されないよう ゆっくり走る。そして、先日見つけたイノシシの罠の倒木を飛び越して、穴の向こうに着地すると、立ち止まって振り返る。ムーンが止まったので、サンダースも止まってしまう。そして、倒木に片足を置くと、「とうとう、捕まる気になったか?」と訊く。ムーンは、「サンダース巡査、あんたには負けたよ」と言い(1枚目の写真)、「逮捕してよ」と両手を差し出す(2枚目の写真、黄色の矢印は手、赤の矢印は落とし穴)。「じゃあ、そうするか。その前に、折檻(せっかん)してやるがな」。そう言って 足を踏み出すと、穴の中に落ちる。それを見たキットは、大喜び(3枚目の写真)。サンダースは、穴の前で笑っている2人を見て、「上がっていくまで待ってろ!」と怒鳴るが、ムーンは、「ポリポリ掻くにの忙しいから、おいらたち何マイルも先に行ってるぞ。それは、毒オーク〔ウルシ科の低木/直接肌に触れなくても衣類が触れてしまうと、衣類を伝って皮膚に付着する/痒みや炎症がおき、数週間は治らない〕だ」と宣告(4枚目の写真)。さらに、「この森からの出口はあっちだ」と、方角を教える。6マイル〔10キロ〕先に道路が通ってる。急げば、暗くなる前に着けるぞ」。ここも、原作とは全く違う。映画では、拳銃を取り上げて池に捨てているが、原作では、太い丸太に縛り付けた輪縄にサンダースの足がかかり、彼は丸太に引きずられて渓流に滑っていく。その途中で、ムーンは拳銃を奪う。しかし、池には捨てず、拳銃の試し撃ちを2発する。ただし、試し撃ちは、サンダースが去ってから2週間後。
   

映画では、時間の経過は分からない。キットは、自分で罠を作ることができるようになり(1枚目の写真)、ムーンは、野生のベリーを摘んでいる(2枚目の写真)。そして、夜は、キットの罠にかかった小動物を丸焼きにして食べる(3枚目の写真)。これは、キットにとって至宝の時だった。キットがあまりに楽しそうなので、「寒い冬がいなくなり、暖かい春が来たら、アラスカに行くんだって、キットに思い出させた」「毎日 暖かい日が続き、冬の最悪の部分は終わったと思ってた。だけど、それは間違いだった」という独白が入る。原作では、別の表現となっている。「ツルでプランコをこしらえ、片岸に松葉やタイサンボクの枯葉の山を作り、反対側からキット・クリーク〔渓流にキットの名を付けた〕を越えて、飛び降りられるようにした。小枝と葉っぱでおもちゃの水車を作り、どっちが長持ちするか、二人で競争した。
  

雨が降り出し、寒くなり、毛布でくるまっていても、キットがくしゃみをするようになる。それを見たムーンは、自分の毛布も掛けてやるが、そんなことで良くなるような体調ではなかった。キットは、激しく咳くようになる。ムーンは、薬草を探しに行き、風邪に効く葉っぱを持って帰るが、キットの病気は、薬草で治るようなものではなかった(1枚目の写真)〔白血病の再々発〕。ムーンは、キットが重篤な症状だと分かったので、「お願い、死ぬなよ。今夜、ここから出すからな」と言うと、2本の丸太で担架を作り、キットを載せて縛り付け、片方を両手で持ち、もう片方は地面に付けた状態で、シェルターを出発する(3枚目の写真)。原作では、「最後の寒冷前線が居座った」とある。シェルターは、映画と違ってもっと閉鎖的だったので、中は暖かかったが、それでもキットは風邪をひく。病状はどんどん悪化し、ムーンはあらゆる薬草を試すが、どれも効かない。シェルターを出る方法は同じ。
  

以前、ムーンは、サンダースに、道路まで10キロと言っていたが、キットを載せた担架を引きずって歩くのは大変な重労働だった。明るくなった頃、茂みの中を引きずっていると(1枚目の写真)、前方が開け、道路が見えてくる。キットは、道路脇まで担架を引きずって行くと、「やったよ、キット。ここで助けを待とう。君を、薬があるトコまで連れてってくれる」と話しかける(2枚目の写真)。「キット、君が戻ってくるまで、ここで待ってるよ」、とも(3枚目の写真)。その時、1台の乗用車が通りかかる。異様な状態を見て車は停まり、おじいさんが「どうしたんだね?」と尋ねる。ムーンは、「彼に薬を」と言うと、森に向かって逃げて行く。老人は、担架に載せられたキットの様子を見る(4枚目の写真、矢印)。彼が病院に連れて行かれたことは、言うまでもない。原作では、担架を引きずりながら、ムーンは「この世でたった一人の、初めての友だちが死んでしまうんじゃないか。そう思うとその場で倒れそうだった」と思う。舗装道路に辿り着いたのは午後。ムーンは、道路の真ん中に出て車を停める。
   

ムーンは、道路が見える茂みの中で眠ってしまう。道路では、TV局が生放送を行い、サンダースが付き添っている。女性レポーターは、「昨日、アラバマ・ムーンで知られる少年が、ピンソン・ボーイズホームから脱走した他の2人のうち1人を、治療を受けさせるため この地点まで運んで来ました」。ムーンは、その声で目が覚める。「病気の少年は、今、タスカルーサ病院で手当てを受けています」(1枚目の写真、矢印は毒オークでかぶれた腕を掻くサンダース)。3人目のハル・ミッチェル君は、今も、アラバマ・ムーンと一緒に この後ろの森に潜んでいると思われます。ムーン・ブレイク〔本名〕容疑者は、法律の忌避、ならびに、警官に対する殺人未遂の疑いで手配中です。アクション4ニュースのナンシー・サンダースがお伝えしました」。ムーンは、木に張り付いて様子を窺っている(2枚目の写真)。原作では、番組はもっと長い。重要な省略箇所は、①脱走したのは6週間前、②サンダースは4回現地で捜索し、4回目に銃撃を受けた(ムーンは、サンダースが死んだと思い立ち去った→ムーンを極悪人と思わせるため、サンダースが付いた嘘)。
 

一行が去り、ムーンが木の実を食べていると、ボロボロのトラックが来て停車する(1枚目の写真)。運転席から出て来たのは、何とハル。TVの中継を見て、ムーンがまだいるのではないかと思って見に来たのだ。ハルは、「ムーン!」と呼びかける。ムーンも、「ハル!」と叫んで飛び出て行く。「ここで何してる?」。「キットを待ってる。また、一緒に暮らさないか?」。「父さんと一緒なんだ」。父が助手席から顔を出す(2枚目の写真)。「こんな坊主 初めてだな。お前さんのこと躍起になって捜してるぞ。だから、中に乗れや」。「だけど、ここで待ってるってキットに言ったから」。「ずっと待ってなくちゃならんぞ。ラジオの話じゃ、病院はてんてこ舞いだそうだ」。ハル:「心配するな。薬があるから大丈夫さ。だから、お前に要るのは、しばらく隠れてる場所だ」。「サンダースなんか怖かない」。「あいつ、ラジオで言ってたぞ。お前が、銃で、あいつと犬を撃ったって」。「そんなことしてない」。ハルの父:「分かってるって。貯めた金はたいて、犬〔ハルが連れて来た捜索犬〕に食わせとるんだからな」。ムーンが連れて行かれた先は、粘土の採掘場の外れにあるトレーラーハウス。トラックから降りたハルの父は、「着いたぞムーン。いとしの我が家だ」と腕を拡げる(3枚目の写真)。原作では、トラックが来るのは1時間後。ハルの父は、サンダースのことを、「根性が汚いが、まるっきりのバカ」「親爺がサムター郡の判事っちゅうだけで、あちこち勝手に走り回ってやがる」とバカにする。
  

トレーラーハウスの中に入ったムーンは、「すごいや!」と感激する(1枚目の写真)。ムーンは、シャワーを浴びて6週間分の汚れを落とし、ハルのお下がりに着替える。外に出たムーンを、ハルはトラックに乗せ、採掘場のだだっ広い空き地の中をぐるぐると走り回る(2枚目の写真)。「サイコーに面白いや!」。夕食の時間。ハルの父がバーベキュー用のグリルでハンバーグを焼き、それをチーズの上に載せる。もう一方の半分にはトマトとレタスが載っている。両方をくっつけてバーガーサンドにすると、「自分で獲物を殺すより、ちっとは楽だろ」と言いながら、ムーンの皿に乗せる。ムーンは、トラックで走り回り、ハンバーガーまで食べさせてもらったことを感謝するが(3枚目の写真)、渡されたものが「ハンバーガー」という名前だと、どうして分かったのだろう? 食べながら、ムーンが ハルに煙の手紙のことを話すと、「そんなバカな話 聞いたことない」と言われるが、「ここじゃ、何してもいいんだ。キッチンの引き出しに書くものは入ってる」と、手紙を書くこと自体は否定しない。原作では、マシンガン撃ちもする。ムーンは、父から射撃を習っていたので、初体験の割にいい腕を見せる。子供も観る映画に相応しくないのでカットしたのだろう。また、ハンバーガーに感謝する台詞もないので、矛盾はきたさない。
  

夜になり、ムーンは、父に手紙を書く(1枚目の写真)。「父ちゃんへ。手紙書くの久し振りだね。だけど、時々思うんだ。父ちゃん、ホントに煙読んでるのかなって。何の返事もくれないから。それと、父ちゃんがすっごく嫌うようなことも決めたんだ。一人だったら、アラスカには行かないって。父ちゃんが望んでるような暮らしは、おいらにはできない。寂しすぎるんだ。おいらたち、何で あんな風に暮らしてたの? 何で、友だちを作っちゃいけなかったの? もう、どうしたらいいか分からない。父ちゃんに怒ってるんじゃないよ。好きだよ。ムーン」。手紙を燃すシーンはない。夜 遅くなり、ハルはソファで、ムーンは絨毯の上で横になっている(2枚目の写真)。ムーンは、「キットに会いに行ってみたい」と頼むが、「回復するのを待つんだ。今行っても、きっと入れてもらえない」と反対する。「キットは、病院をすごくイヤがってたろ」。「死ぬ方が、もっとイヤさ」。ムーンは話題を変える。「父ちゃんは、いろいろ間違ってたと思うんだ」。「森の中で暮らすことが?」。「ううん。森の中は好きだよ。他にどこも知らないし。でも一人きりはイヤなんだ」(3枚目の写真)。最後に、ムーンはもう一度ダメ押しする。「何とかキットに会いたい」。「あと数日、待てないのか?」。「待てない。キットだって、一人はイヤに決まってる。頼むよ」。「分かった」。「だけど、お前一人で会えよ」。原作では、似ている部分と、全く違う部分が混在している。手紙は、似てはいるが、部分的に文章を抜いただけなので、破綻部分がある。それは、「書くものといったら、マツの木の皮だけで、それだと手紙は大変なんだ」と言う一文。このことは、逃避中も、森の中で簡単な手紙を書いて燃していたことを示している。映画の手紙では、「久し振り」なのに「煙読んでる」と言うのは、変な気がしたが、実際には、時々書いていたので、返事がないことに疑問を抱いてもおかしくはない。この手紙はガス台で燃やす。キットに関する最初の会話と、父に対する一種の批判は、もっと前、マシンガンの直後に出てくる。内容はだいたい同じ。しかし、その後が全く異なる。まず、2回目のキットに関する会話はない。その代わり、2日後、2人は元のシェルターに向かう。ハルの父のトレーラーハウスがあるのは、ユニオン(Union)〔タスカルーサの南西40キロ〕なので、シェルターまで直線距離はわずか30キロ。道路からシェルターまでは、ムーン1人で歩いたので、要した時間は1時間半。行った目的は、手押し車に入らなかった荷物を取りに行くため。シェルターは荒らされていたが、隠してあった別のライフルを手に入れる。ムーンは、道に戻ると、アブロスコットの店に行く。そこで、父について尋ねる。教えてもらったこと。①父がシェルターに来たのは、ムーンが2歳の時で、その時には母も一緒だったムーンは10歳で、父が死んだのは1980年。シェルターに来た時2歳なら、その年は1972年になる。母アンの墓碑も1972年なので、引っ越して間もなく死んだことになる。②父は、ベトナム戦争に行っておかしくなった帰還後、恐らくPTSDになり、社会から孤立して生活する道を選んだのだろう。トレーラーハウスの近くまで来た時、公衆電話から病院に電話をかける。「寝ていて出られない」という返事。病院に直接出かけるのは、その3日後。
  

翌日、ハルはムーンを病院に連れて行く。別れる前に、「長居するな。何か質問されたら、急いで逃げ出せ。お巡りがどっと来たら、待ってないからな」と念を押す。「分かった」(1枚目の写真)。ムーンは受付に行き、「キットはどこ?」と尋ねる。「誰?」。「森から出て来た子」。「その子なら、集中治療室にいるわ」。「どうやったら、会えます?」。「面会禁止よ。ちょっと待って。そこにいて」。案内係は受話器を取る。ムーンは、受付の横に「集中治療室→」という掲示を見て、駆け出す。廊下を、「キット! おいらだよ!」と叫びながら走っていると、集中治療室の入口の前で待ち構えていたサンダースにぶつかり、捕まってしまう(2枚目の写真、矢印は毒オークでかぶれた腕)。サンダース:「チビに会いに来るって、分かってたからな」。「一目会わせろよ。彼と話したいんだ」。「残念だな。意識不明だ」。ムーンは急に抵抗をやめる。「どうした? 元気をなくしたみたいだな」。「どうされたって、もうどうでもいいんだ。行くトコだってないし」。「丸一日あるぞ。お前と俺とで、たっぷり楽しもうじゃないか」。原作との違いで、ここが、最も腹立たしい部分。原作では、キットは集中治療室ではなく、432号室にいる。そして、ムーンはキットに会うことができる! 2人の間で交わされる会話で、一番好きな部分。ムーン:「兄弟みたいに、森でキットと一緒に暮らせると思ったんだ。キットは、おいらの一番の友だちなんだ。親友なんて今までいなかった」。キット:「ムーンも僕の親友だよ。泣かないでよ」。「もう1人で森にいたくないんだ」。「僕、森にいた時が、今までで一番楽しかったよ」。「じゃ、キットはホントに森が好きだったの?」。「また戻れるんなら、何だってするよ」。ムーンがサンダースに捕まるのは、病室を出た後。映画は、なぜ、キットに会わせなかったのか?
 

サンダースは、ムーンをパトカーに乗せ、ウェリントン弁護士のロッジの脇に連れて行く。そして、パトカーから出し、逃げないよう、首にはめた犬用の首輪にリーシュをつけながら、「ピントンに行かせて欲しいと 泣いて頼むようにしてやるぞ。まず、お前の親爺を埋めた場所まで案内しろ」と命じる(1枚目の写真)。ムーンが連れて行かれようとすると、弁護士が、「ここで、何が起きとる?」と詰問する。「警察の職務だ」(2枚目の写真)。「犬のリーシュが必要かね?」。サンダースがくってかかって反論しようとした時、ムーンは隙を見て逃げ出す。「あんたの責任だ」。「私の地所から出て行け」。ここも、原作とかなり違う。まず、ムーンには首輪だけでなく、手錠もはめられている。サンダースの行き先も決まっていない。彼は、まず、盗まれた自分の拳銃の場所まで案内させようとする。ムーンは「教えてやるもんか」と言うが、キットが退院したら、ピンソンまで連れていく間に虐待すると脅し、ムーンは了承する。しかし、ムーンは、拳銃をシェルターに持ち込んだと嘘をつき、オークマルギーの森ではなく、シェルターに連れて行く。原作で一番 “不自然” なのは、そこにウェリントン弁護士がいたこと〔一応、理由は書いてあるが…〕。2人が口論している最中にムーンが逃げ出すのは同じ。こうして比較すると、映画の方が説得力がある。弁護士のロッジとシェルターは最短距離なので、無断埋葬の死体を捜しにムーンをここに連れて来るのは自然な流れだ。
 

ムーンは、行き場がないので、サンダースがいなくなったのを見届け、ロッジの近くに戻ってくる(1枚目の写真)。弁護士は、窓から手を振り、友好的であることを示す。そして、入ってくるよう手招きする。ムーンがロッジに入ると、部屋の壁は鹿など野生動物の頭部の剥製で埋め尽くされている。弁護士は、ムーンにミルクとクッキーを渡す。そして、「これから どうする?」と訊く(2枚目の写真)。「考えてるんです。サンダースは、おいらを捕まえれなかったら、キットを虐める気です」。「君がやったと巡査が言ってることを、本当にやったのか?」。「まさか!」。「信じるよ。あの巡査は、いばり散らすしか能のない偏屈者だからな」。「それに、うそつきです」。「君は、あの男のプライドを傷つけたんだ。ムーン、私は、君に起きたことで、責任を感じている」〔ムーンが最初に来た時、警察に連絡した〕。「あなたの森に住まわせてくれたらよかったのに」。「君一人でかい?」(3枚目の写真)。弁護士は、今後の作戦を練るべく、地図を持ち出し、どこで何が起きたかをすべて説明させる。原作では、ムーンはロッジで一泊する。そして、翌日は早朝から弁護士と一緒に拳銃を捜しに、オークマルギー分区の森まで車で行く。弁護士は、車内で、何があったかの全てを、テープレコーダーに向かって話すようムーンに指示する。車を停めた場所から、シェルターまでは8キロ。弁護士はムーンと一緒に山に入って行くが、それだけの距離を、ムーンがキットを担架で引きずってきたことに驚く。拳銃を確保した弁護士は、試し撃ちをした場所の写真を撮り、弾痕のある部分を証拠として折り取る。サンダースを罠にかけた場所も写真に撮る。
  

話を訊き終わった弁護士は、ムーンをジープに連れて行く。「これからタスカルーサに行く。そこの判事は、私が君の事件を担当している間、留置場に入れる必要があると言っている」。「いいよ」。「そこにいれば、サンダースには手が出せん」。「キットは?」(1枚目の写真)。「順番に片付けよう。キットは病院にいれば安全だ」。ムーンは、警察に連れて行かれ、その夜は独房で過す。翌朝、ムーンが寝ていると、サンダースのヒステリックな声で目が覚める。「あのガキは、俺の保護下にあると思うがな」(2枚目の写真)。サンダースは、鉄格子越しにムーンを見る。警官は、「そのことについては、電話で話したハズだが…」。「電話の話なんかどうだっていい」。サンダースは、2人の警官に両腕を取られ、退去させられる(3枚目の写真)。ムーンは警官に、「ウェリントンさん、まだ何も言ってこない?」と訊き、「こっちは、伝言屋じゃないんだ」とすげなく遮られる。「もう、2日もいるんだよ」。原作との違いは、向かい側や両側の監房にも囚人がいて、ムーンに話しかけてくる点。親切な囚人は1人もいない。サンダースがやって来てひと悶着起こすのは同じ。サンダースは 一人でムーンの父の埋葬地を捜しに行き、ウルシでかぶれ、機嫌は最悪だ。それでも、管轄外だとして 退去させられる。
  

翌朝、警官が、ブレザーとネクタイなど出廷用の服を持って来る(1枚目の写真)。「それを着たら、出かけるぞ」。パトカーが向かった先は、裁判所。前には、多くの報道陣が詰めかけている。ムーンがパトカーから降りると、マイクを突きつけられ質問を浴びるが、ムーンは慣れないので、ただただ驚くばかり(2枚目の写真、矢印はムーン)。原作では、警察署を出る時、報道陣に囲まれる。裁判所には裏口から入り、そのまま檻に入れられる。1時間待ち、お呼びが掛かる。
 

ムーンが連れて行かれたのは、正面の判事以外には 2人しか座っていない法廷。被告ムーンの弁護士ウェリントンと、原告のサンダース(1枚目の写真、今でも腕を掻いている)。ムーンは、弁護士に、「見放されたと思ってた」と寄って行くと、判事が「静粛に」と諌める。「許可なく話してはいかん」。「はい」。「さて、本件は異例の事件だ。そのため審理は非公開とする。頭痛もするしな。外にいるああいった連中には頭にくる。ムーン・ブレイク、君は騒動の煽動しておるし、わしは騒動を好まん。法執行官を撃つような人間も、他人の犬を食うような人間も嫌いだ」。これを聞いて頭にきたムーンは、立ち上がると、サンダースを指して、「サンダースはうそつきだ!」と叫ぶ(2枚目の写真)。「おい! 君に質問したか?」。弁護士は、唇に指をあてて “しーっ” と動作で注意する(3枚目の写真、矢印)。ここまでは、ほぼ原作通り。
  

サンダースは証人台に呼ばれる。「嘘は付かんだろうな?」。「いいえ、判事」。「じゃあ、君の言い分を聞こう」。「私は、あの少年に捜索犬を放ちました。彼は、犬を捕まえて食べてしまいました。彼を捕まえようとすると、私を撃ちました」。「何を使って?」。「拳銃です」。「そんなもん どうやって手に入れた?」。「私から盗みました」。判事は思わず失笑する。「君から盗んだのかね?」。ムーン:「取り上げて、池に投げ込みました」と言った後、「あんたを撃ってなんかないぞ!」と、また叫ぶ(1枚目の写真)。「あの子は、銃を取ったことは認めておる。どうやったら、そんなことができるんだ?」。「落しました」。「この、うそつき! こっそり近づいて、取り上げたんじゃないか!」。「おい、猿ぐつわをして欲しいのか?」。弁護士は、“口にチャックしてろ” と動作で注意する(2枚目の写真)。ここで、ウェリントンが反対尋問に立つ。「サンダース巡査、少年は、何回発砲したのかね?」。「4,5回かな。当たらなくて運が良かった」。ウェリントンは、森の中まで行って捜してきた拳銃を、証拠として提出する。「サンダース巡査、これは君の職務用リボルバーかね?」。「似てるな」。弁護士は、「シリアルナンバーが、郡の記録と一致しました」と言って判事の前に置く。弁護士→巡査:「あれは、君の拳銃だ。私は、少年から聞いた池で回収した」(3枚目の写真、矢印は拳銃)。弁護士→判事:「判事、拳銃には銃弾が6発装填されています。発砲されておりません」。弁護士→巡査:「どう説明するんだ、巡査?」。判事も、「どう説明する気だ?」と鋭く訊く。弁護士は、さらに、「サンダース巡査、君は何年、法執行官を務めてきた?」と訊く。「15年」。「その間、職務外で、パートタイムの仕事を請け負ったことは?」。「ない」。「巡査が 頼み事に対して謝礼を受け取ったら、それは賄賂に当たるのでは?」。「いったい何をたくらんでる?」。「ピンソン・ボーイズホームの仕事を引き受けたことは?」。「思い当たらんな」。「なら、なぜピンソン・ボーイズホームの記録に、君に500ドルを現金で支給した旨の記録がある? 少年が脱走したのと同じ日付だぞ」。弁護士は、それも、証拠書類として提出する。原作では、ムーンが2発試し撃ちをしていたため話が複雑になり、審理の過程が不明瞭。映画の方が単純明快だ。
  

最後のダメ押し。「判事、私は、目撃者を紹介したいと思います」。入って来たのはハル、ハルの父、そして犬(1枚目の写真、矢印は犬)。「判事、これがサンダー巡査の犬スナッパーです」。「大嘘だ!」。「違うな、君の “食われた” 犬だ」。判事は、「このレッド・ネック〔態度がデカイ無学の白人〕を刑務所に連れて行け。リビングストン市警には州刑務所に入ったと電話するんだ」と配下の警官に命じる。ムーンは、脇を通って連れて行かれるサンダースに、「うそつき!」と3度目の罵倒(2枚目の写真)。ただし、ハルは、公の場所に出頭したことで、ヘレン・ワイラーに送られることになる〔問題児のため〕。判事が、ムーンに、「君のことは、どうすべきかな?」と話しかけると、弁護士は、「皮肉なことに、今回の事件の喧騒が、予期せざる幸運をもたらしました。彼の親戚が、逃走のことを聞き、名乗り出たのです。私は、今朝、少年の叔父と会いました。彼は、ムーンを養子に迎えたいそうです」と答える。ムーンは、「叔父さん?」と喜ぶ(3枚目の写真)。「一家は、少年と父親のことを ずっと捜していました。ムーンが発見されたことに感謝しています。とても良い家族です」。それを聞いた判事は、木槌を叩き、「行儀よくしろ」とムーンに判決を下す。これで、ムーンの養子は法的に認められた。さすが、広大な土地を取得できた名弁護士だけある。この部分は、原作とだいたい同じ。
  

ムーンは、すぐに、キットのいる病院に向かう。弁護士は、受付でキットについて尋ねる。すると、応対に出た看護婦と弁護士の話している様子がおかしい(1枚目の写真)。ムーンは、弁護士の茫然とした顔を見て、キットの死を悟る(2枚目の写真)。原作では、ムーンは、前に面会した4階の病室まで行く。部屋が空だったので、ナースステーションで、「キットは退院したんですか?」と尋ねる。その時知らされたのは、映画でずい分に前に出てきた、「集中治療室」という言葉。面会謝絶なので、ムーンは一騒動起こすが、弁護士が仲介に入り、ムーンは待合室でキットの「重態」を見守ることになる。翌日の午後、ムーンはキットが死んだことを知らされる。
 

ロッジに着くと、ムーンは助手席から飛び出し、森に向かって走って行く。夜になり、弁護士が窓から覗くと、焚き火が見える。弁護士は、すぐに焚き火の所に行く。「また、昔の生活に戻ったのかと心配したぞ」(1枚目の写真)。「ねえ、何か書くものない?」。「あるぞ。これでいいか?」。「うん」。「中には、来たくないんだな?」。「ここで いいよ」。ムーンは、1人になると、すぐに手紙を書き始める(2枚目の写真)。「おいらは、キットに書き始めた… おいらたちが やるハズだったことを。一緒にやれなかったことも、すべて。まだ獲ってなかった魚、作り方を教えることができなかった罠とか。もう二度と一緒にできないこと。キットは知りたがってるに違いないと思ったんだ。だから、キットがいなくなって おいらがどんなに寂しいかって書いた。これからも、いつもキットのことを、一番の友だちだって思ってるよって」。書き終わると、ムーンは焚き火で燃やす。朝になり、再び弁護士がやって来る。「残念だったな」。「キットは、一人ぼっちなんだ」。「だがな、君のせいじゃない。医者が話してくれた。君の友達は重い病気だった。完全に治ったことは一度もなかった。看護婦の話では、キットは、君と一緒に何週間か過した森の中での冒険のことしか言わなかったそうだ。君と一緒に森で暮らしたのが、彼にとっては、生涯で最高の時だったんだ」(3枚目の写真)。「でも、寂しいよ。すごく」。「分かってる。それでいいんだ」。原作には、手紙の内容は書かれていない。また、ムーンを慰めるのは、弁護士ではなくハル。台詞も違っている。
  

2人が話していると、1台のトラックがやって来る。降りてきたのは、優しそうな男性。「やあ、ムーン。私はマイク叔父さんだ」と自己紹介する。「ずい分捜したんだがな。遅くなって悪かった」(1枚目の写真)。「おいらのこと、怒ってない?」。「怒るわけないだろ。モビール〔タスカルーサの南南西にあるメキシコ湾に面した町〕じゃ、みんな君に会いたがってるぞ」。ムーンは、「いろいろありがとう、ウェリントンさん。父ちゃんは間違ってた。あなたはいい人だ」。「いい人なら、一杯いるぞ。君にもすぐに分かる」。2人は固く握手を交わす(2枚目の写真)。トラックに乗ったムーンは、「さよなら、ウェリントンさん。会いに来てね」と頼み、「ああ、行くとも」と応じる。動き出したトラックの中で、ムーンは、「じゃあ、これから、叔父さんがおいらの新しい父ちゃんだよね?」と訊く。「君の “父ちゃん” の代わりにはなれないが、そう思ってもらえると嬉しいよ」。「おいらたちを 捜してたの?」。「ずい分な。君の父さんは、いきなり消えたんだ。どこに行ったのか、何も痕跡を残さなかった」。「どうして、あんな風に暮らしたのかな? 友だちも作らずに」。「それは… そんなものから逃げたかったじゃないかな?」(3枚目の写真)「君の父さんは、そうしたかったんだ。誰も信用できなくなったんだ。君の母さんが亡くなって、ますますひどくなったんだろう」。原作では、握手はない。弁護士は、「ああ、行くとも」とは言わない。トラックの中で、ムーンが、「また会えますか?」と訊くと、「会いたくなったら、連れていってやろう」と叔父が言う。その他の会話も、ずっと少ないし、内容も違う。一番の違いは、ムーンが、「迎えに来てくれてありがとう。行く所があってよかった。もう閉じ込められるなんてイヤだ。一人でいるのももうイヤだ」という重要な台詞が 映画にはないこと。
  

トラックが一軒の家に着く。中からは、待っていたように3人が出てくる。叔母のサラはムーンを抱きしめる。女の子のアリスは、手をあげて「ハイ」(1枚目の写真)。男の子のデイヴィッドとは握手。出来すぎなくらい雰囲気はいい。夜になり、夕食のシーンがあるが、そこでも和気あいあい。ムーンは ベッドに横になったが、眠れずに外に行き、火を起こす。それに気付いた叔父が心配して見に行くと、ムーンはノートとペンを持って焚き火の前に座っていた。焚き火を挟んで前に座った叔父は、「どうした、大丈夫か?」と訊く。「キットと父ちゃんに煙の手紙、書こうと思ったんだ。おいらが、どんなに素敵なトコに来たかって。でも、煙の手紙がうまくいってるようには思えなくなって…」。「書かなくても、2人ともちゃんと知ってるよ。そう思わないか?」。「そうだね」。「いいかい、ムーン、君がここの生活にすぐに溶け込めるとは思っていない。君のように凄い環境で育った子には、慣れないことが一杯ある」(3枚目の写真、矢印は何も書いてないノート)「ゆっくりやっていこう。そのうち、すべてがうまくいくようになる。いいかい?」。「分かった」。原作には、煙の手紙は出てこない。
  

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